小京都 中村関連年表
 第17回土佐一条
        公家行列「藤祭り」

 絶好の行楽日和となった今年の5月3日に、公家の衣装を身につけた約150人が四万十市の市街地を練り歩きました。行列の主人公、一条公役は沢田五十六市長が務め、玉姫役は四万十市住次郎在住の伊勢脇千佳さん。みこしから笑顔を振りまく玉姫に、沿道から盛んにカメラが向けられた。
 京都の葵祭の公家行列に倣って毎年行われるもので、室町時代の華やかな衣装に身を包んだ公家や武士、侍女らを装った約150人が練り歩いた。四万十市の一條神社を出発し、一条家の家紋のフジの花を手に約3・5キロを優雅に歩いた。それぞれ役職に応じた色とりどりの衣装は、時代絵巻きさながら。      

 艶やかな衣装を身にまとった玉姫(一条公の孫娘)は公家行列最大の見どころ。路上パフォーマンスや一條太鼓、西土佐みのり太鼓などのイベントが繰り広げられるかたわら、四万十の特産品の物産フェアや飲食コーナーも人気を呼んでいる。


一条教房公に扮する四万十市長の
澤田五十六さん
 一条教房

 父は摂政、関白、太政大臣を歴任した一条兼良の長子として京都に生れた。母は中納言藤原宣俊の女。左大臣を経て長禄2年(1458年)関白となり寛正4年(1463年)その職を辞した。
応仁の乱(1467年〜)で京都を逃れた一条教房(一条房家ともいわれている)は幡多の荘園の回復のため、応仁2年(1468年)10月に中村に下向。土佐一条家を興し、在13年間の内に荘園の復活、中村の都市化を計画し建設。その地形が京都に似ているため、京をしのぶ地名東山,鴨川、大文字山(十代地山)など名をつけ、町並みも中村御所を中心に碁盤の目の状態に整備し、京文化の移入を計るなど、この功績は大変大きいものでした。因みに大文字山の送り火は旧盆8月16日に地元の人の手によって500年の伝統が受け継がれている。その当時の中村は土佐の国府として栄えた。1480年10月5日58歳で没。
土佐国司に扮する福田充さん

土佐国司役が乗った馬 一条教房の孫娘玉姫に扮する
四万十市在住の伊勢脇さん
土佐国司に扮する福田充さん
一条教房に扮する澤田五十六さん
玉姫役の伊勢脇さん
最後にお神輿がでる
一条教房役が乗った馬 ポニーも公家行列に参加
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