小京都中村関連年表
 一条神社
 一条教房は幡多庄に下向したのち、中村御所内の小森山にその先祖の廟をまつった。
四代兼定が長宗我部氏の圧力を受けて中村御所を去るときに「植えおきし庭の藤が枝心あれば来む春ばかり咲くな匂うな」と詠んだ”咲かずの藤”が文久元年(1861)美しく花を咲かせるという珍事が起こり、時の幡多郡奉行・中村目代・大庄屋などが一体となり、一条家の遺徳を顕彰し幡多郡民の総鎮守としてあがめるため翌年、一条神社が創建された。秋の一条大祭は土佐の三大祭に数えられ、当日は大勢の人で賑わう。現在の社殿は昭和19年(1944)、戦時下であったが幾多の困難を克服して完成したものである。
          (土佐の「小京都}中村を引用)


この神社には教房の父、兼良を始め、土佐一条氏歴代の霊を祀っています。






四万十市天神橋通りに一条神社はあります


参道

参道


参道に一条神社の碑


参道奥左に咲かずの藤


参道に中村御所跡の碑


境内


境内 絵馬





天神社


天神社の狛犬




札所


境内から参道を見る


手水舎




境内から参道を見る
右に咲かずの藤


御化粧の井戸


御化粧の井戸の碑



 一条教房の墓
 一条房家
 一条房冬
 一条房基供養墓
 一条兼定
 一条内政
 一条政親
 一条神社
 玉姫の墓
 咲かずの藤
 御化粧の井戸
 大文字の送り火
 奥御前宮
 東山
 鴨川
 京町
 桜町
 紺屋町跡
 たて町跡
 よこ町跡
 小姓町跡
 中村城跡
 須賀神社(祇園さん)
 正福寺跡
 東ノ城跡
 為松城跡
 中村山内家屋敷
 中村山内政豊の墓
 中村城跡の石垣
 中村目代跡
 西小路氏土居跡
 樋口真吉邸跡
 木戸明塾跡
 幸徳秋水の墓
 安岡良亮邸跡
 行余館(藩校跡)
 遠近鶴鳴生家跡
 中村貝塚
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