小京都 四万十市 歴史 一条教房 一条房家 一条房冬 一条兼定 幸徳秋水  by-中村ソーイング
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 小京都中村関連年表
 一条教房(土佐一条家開祖)
 一条房家(初代)
 一条房冬(二代)
 一条房基(三代)
 一条兼定(四代)
 一条内政(五代)
 一条政親(六代)
 一条神社
 玉姫の墓
 咲かずの藤
 御化粧の井戸
 大文字の送り火
 奥御前宮
 東山
 鴨川
 京町
 桜町
 紺屋町跡
 たて町跡
 よこ町跡
 小姓町
 中村城跡
 須賀神社(祇園さん)
 正福寺跡
 東ノ城跡
 為松城跡
 中村山内家屋敷
 中村城跡の石垣
 中村目代跡
 西小路氏土居跡
 樋口真吉邸跡
 木戸明塾跡
 幸徳秋水
 安岡良亮邸跡
 行余館(藩校跡)
 遠近鶴鳴生家跡
 中村貝塚
 玉姫
 玉姫は土佐一条家二代房冬の夫人で、伏見宮邦高親王の王女である。房冬に嫁して嗣子房基を産んだ。天文16年(1547)病死し、後の常照寺に葬られた。常照寺は明治初年の廃仏毀釈で廃寺となり、現在は寺跡に玉姫の五輪等のみが一条時代を偲ぶよすがの一つとして残されている。四万十市中村新町3丁目がその所在地である。(土佐の「小京都」中村から引用)
 玉姫は皇室の出。このことからも一条家は皇室との近い関係をあらわしています。

玉姫の墓

玉姫の石碑


この路地を入ったところに玉姫の墓はある


現在は玉姫さくら会館が建っています。
 玉姫の墓 市指定文化財 (玉姫の石碑に書かれていること)
玉姫は伏見宮邦高親王王女で、土佐一条家第二房冬の夫人です。大永元年(1521)降嫁のため土佐に下向しました。夫房冬は大永4年(1524)より上洛し、公卿として京都にとどまり、天文6年(1537)帰国しているので、玉姫も同行したことと推測されます。天文10年房冬が没した後、同16年8月22日中村に没したと伝えられています。玉姫の墓所は江戸時代に建立された常照寺跡といわれています。所在地 四万十市中村新町3丁目
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