小京都 四万十市 歴史 一条教房 一条房家 一条房冬 一条兼定 幸徳秋水  by-中村ソーイング
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 小京都中村関連年表
 一条教房(土佐一条家開祖)
 一条房家(初代)
 一条房冬(二代)
 一条房基(三代)
 一条兼定(四代)
 一条内政(五代)
 一条政親(六代)
 一条神社
 玉姫の墓
 咲かずの藤
 御化粧の井戸
 大文字の送り火
 奥御前宮
 東山
 鴨川
 京町
 桜町
 紺屋町跡
 たて町跡
 よこ町跡
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 中村城跡
 須賀神社(祇園さん)
 正福寺跡
 東ノ城跡
 為松城跡
 中村山内家屋敷
 中村城跡の石垣
 中村目代跡
 西小路氏土居跡
 樋口真吉邸跡
 木戸明塾跡
 幸徳秋水
 安岡良亮邸跡
 行余館(藩校跡)
 遠近鶴鳴生家跡
 中村貝塚


中村貝塚発掘状況
 中村貝塚は、昭和40年(1965)中村市(現四万十市)山手通りの高知県幡多総合庁舎の新築工事現場で発見された縄文晩期(2300~2700年前)の貝塚である。
出土品の多くは、地下5~6メートルにある上下二段の青色粘土層の間に包含されていた。中でも九州様式の強い土器が特徴的である。また、この粘土中より稲の花粉が検出され、縄文晩期に稲作が行われていたことを示している。その他の出土遺物としては、石鑓・磨製石剣・装身具(管玉や笄(こうがい))・果実(イチイガシ、マテバシイ、クリ)・獣骨(イノシシ、シカ)などがある。
(土佐の「小京都」中村より引用)
中村貝塚出土品(四万十市郷土資料館所蔵)
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