小京都 四万十市 歴史 一条教房 一条房家 一条房冬 一条兼定 幸徳秋水  by-中村ソーイング
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 小京都中村関連年表
 一条教房(土佐一条家開祖)
 一条房家(初代)
 一条房冬(二代)
 一条房基(三代)
 一条兼定(四代)
 一条内政(五代)
 一条政親(六代)
 一条神社
 玉姫の墓
 咲かずの藤
 御化粧の井戸
 大文字の送り火
 奥御前宮
 東山
 鴨川
 京町
 桜町
 紺屋町跡
 たて町跡
 よこ町跡
 小姓町
 中村城跡
 須賀神社(祇園さん)
 正福寺跡
 東ノ城跡
 為松城跡
 中村山内家屋敷
 中村城跡の石垣
 中村目代跡
 西小路氏土居跡
 樋口真吉邸跡
 木戸明塾跡
 幸徳秋水
 安岡良亮邸跡
 行余館(藩校跡)
 遠近鶴鳴生家跡
 中村貝塚
 大文字山の送り火
 四万十川河口近くの間崎部落の盆行事で、旧暦7月16日に山の神をまつる十代地山(地元では「大の字山」」と呼んでいる。)の中腹の草木を大の字形に刈り取り、そこに部落各戸から集めた松明を配して送り火を行う。晩夏の夜空に浮かび上がる土佐大文字は美しく,ひとしお趣がある。行事の運営は、間崎部落を7組に分け、各組が1年交代で当番に当っている。起源については、一條教房(房家とも云われている)が故郷京都の大文字焼きを偲んではじめたと言われているが、江戸時代の文化年間に始められたという文献もあり、確定されていない。
 (土佐の「小京都」中村から引用)


「大の字」


前はほとんど畑




D 大文字の送り火について
 Dの写真に書かれてること
今から五百有余年前、前関白一条教房公は京都の戦乱を避けて家領の中村に下向され京に模した町づくりを行った。東山・鴨川・祇園など京都に因んだ地名をはじめ町並みも中村御所 現在は一条神社を中心に碁盤状に整然と整備し当時の中村は土佐の国府として栄えた。この大文字山の送り火も土佐一条家二代目房家が祖父兼良、父教房の精霊を送るとともに、みやびやかな京都に対する思墓の念から始めたとこの間崎地区ではいい伝えられている。現在も旧盆の16日には間崎地区の人の手によって五百年の伝統は受け継がれている。

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